スマホ依存と健康を考える
- 2018/04/25
- 21:54
皆さん、捕りつかれていませんか?
おーなーは全く捕り付かれておりません。付かれないというよりむしろ
持たなくて良いなら持ちたくないと思います。なので出かけ先うっかり携帯を持ち忘れても取りに帰る事もあまりありません。
行方不明になっても結構な間、心配されないような人間です。
ただ、仕事の用事とかで連絡が来るならばまた別ですが・・・。
孤独死が心配です
オーナーが若いころは、今では無きポケットベルとでかいケータイを2台持ちしていました。相手か自分、どちらか懐の温かい方が電話をかける感じです。
今のようにカケホーダイなんてない時代です。
おーなーはパソコンなど機械ものの類が大好きなので、最新マシンは欲しいと思い、
新機種スマホを買ったりしてみますが、
実際ほとんど使っていません。
時代の長れでLINEをインストールした物の、実際相手に連絡先を教える時につい、
「私は連絡不精なので、多分なかなか返事を返せないから、急ぎの時は電話にしてほしい」
とお願いをし、なんのためのLINEなのかさっぱりわからん状態になってます
しかしです。
これが逆に、
スマホ依存にならない理由になっていると思います。
今から数年前の、スマホがでる一歩手前の時代、当時モバゲーでやっていたクリノッペという謎の生物を育てるゲームにハマっておりました
今のようにwifiがメジャーに使われていない時代だったことから、そういった物を遊ぶのにはそれなりに通信料がかさみます
なので、同じケータイを使う人でもゲームをやる派やらない派と別れていました
当時バリバリにやる派であったオーナーは、周りの人間からすると少数派で合ったため、おーなーの姿はさぞかし夢中になりすぎて、狂った人にも見えたかもしれません
そんな時です。当時のパートナーにこんな事を言われました
「やるなとは言わない。でもそれをやって、それの事を考えている時間がどれだけ本当のお前の時間をつぶしているのか、他の事がおろそかになっていても、それにも気が付かないでいる自分になっているのか、真剣に考えてみろ」
という言葉でした。
言われた直後は、ハッキリいって腹立ちました。
だって、好きな物をやっているおーなーにケチつけるわけだから、おーなー自身を
否定した事と同じ訳です
ですが何日か、
その言われた事は、
知らず内自分が人を不快にさせていた事実から言われた言葉であり、自分にも非があるかと、自分の日ごろが、やる前と今とでどう変わったのか考えてみようと、
試しにゲームをやめてみました。
するとです
見えました。
見えてきました。
言われた通りドロドロになっていた自分が。
極端なやり方だとは思いますが、おーなーは子供の話を聞くときにテレビがついていたら消します。その上で会話します。
ですが、長年当たり前にそれをやっていた自分がゲームに取りつかれている間、そのテレビを消す行為自体を知らず内に辞めており、追加して、会話の傍ら自分の近くにケータイを離さない様に持っていた事に気が付きました。
おーなー自身が、いくらその時ケータイを触りながら会話をしていなかったとしても、やるかやらないか以前に、肌身離さずに持っている時点で、目の前の人間に100の目線を送れていない証拠です。
まずはそれに気が付き、
そして次
何に対しても、言い訳が多くなっていた自分に気が付きました。
整体の話に続く
残り4/12,15分
おーなーは全く捕り付かれておりません。付かれないというよりむしろ
持たなくて良いなら持ちたくないと思います。なので出かけ先うっかり携帯を持ち忘れても取りに帰る事もあまりありません。
行方不明になっても結構な間、心配されないような人間です。
ただ、仕事の用事とかで連絡が来るならばまた別ですが・・・。
孤独死が心配です
オーナーが若いころは、今では無きポケットベルとでかいケータイを2台持ちしていました。相手か自分、どちらか懐の温かい方が電話をかける感じです。
今のようにカケホーダイなんてない時代です。
おーなーはパソコンなど機械ものの類が大好きなので、最新マシンは欲しいと思い、
新機種スマホを買ったりしてみますが、
実際ほとんど使っていません。
時代の長れでLINEをインストールした物の、実際相手に連絡先を教える時につい、
「私は連絡不精なので、多分なかなか返事を返せないから、急ぎの時は電話にしてほしい」
とお願いをし、なんのためのLINEなのかさっぱりわからん状態になってます
しかしです。
これが逆に、
スマホ依存にならない理由になっていると思います。
今から数年前の、スマホがでる一歩手前の時代、当時モバゲーでやっていたクリノッペという謎の生物を育てるゲームにハマっておりました
今のようにwifiがメジャーに使われていない時代だったことから、そういった物を遊ぶのにはそれなりに通信料がかさみます
なので、同じケータイを使う人でもゲームをやる派やらない派と別れていました
当時バリバリにやる派であったオーナーは、周りの人間からすると少数派で合ったため、おーなーの姿はさぞかし夢中になりすぎて、狂った人にも見えたかもしれません
そんな時です。当時のパートナーにこんな事を言われました
「やるなとは言わない。でもそれをやって、それの事を考えている時間がどれだけ本当のお前の時間をつぶしているのか、他の事がおろそかになっていても、それにも気が付かないでいる自分になっているのか、真剣に考えてみろ」
という言葉でした。
言われた直後は、ハッキリいって腹立ちました。
だって、好きな物をやっているおーなーにケチつけるわけだから、おーなー自身を
否定した事と同じ訳です
ですが何日か、
その言われた事は、
知らず内自分が人を不快にさせていた事実から言われた言葉であり、自分にも非があるかと、自分の日ごろが、やる前と今とでどう変わったのか考えてみようと、
試しにゲームをやめてみました。
するとです
見えました。
見えてきました。
言われた通りドロドロになっていた自分が。
極端なやり方だとは思いますが、おーなーは子供の話を聞くときにテレビがついていたら消します。その上で会話します。
ですが、長年当たり前にそれをやっていた自分がゲームに取りつかれている間、そのテレビを消す行為自体を知らず内に辞めており、追加して、会話の傍ら自分の近くにケータイを離さない様に持っていた事に気が付きました。
おーなー自身が、いくらその時ケータイを触りながら会話をしていなかったとしても、やるかやらないか以前に、肌身離さずに持っている時点で、目の前の人間に100の目線を送れていない証拠です。
まずはそれに気が付き、
そして次
何に対しても、言い訳が多くなっていた自分に気が付きました。
整体の話に続く
残り4/12,15分
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